なんか、最近すごく気になるんですよねぇ。
子どもたちの会話や、親御さん同士の話を聞いていても耳に入ってくるんです。
「〜くんにイモられたから負けた!」
っていうフレーズ。
本当にイモられたせいで負けたの?
そもそも、本当にイモられてたの?
どうも、違和感があるというか、なーんか気持ち悪い。
というのも、この「イモられた」って言葉をやたらと使う子や親っていませんか?
その人たちの話を聞いていると、まるで「イモラー」だらけの世界が存在するみたいに、あちこちで「イモられて負けた」という話が出てきます。
確かに、我が子の試合でも、「あのポイント、相手のミスジャッジさえなければ…」と悔しい試合があったことがあります。
でも、やたらと言う人って、、、、本当にそうなの?って、思うんです。
というのも、そのフレーズをやたらと言う子の試合を何試合か見てみたんです。
すると、その子が自分のショットを「入った」と思い、「今の入ってませんか?!」と確認する場面が何度かあった。
でも、相手は「アウトでした」とキッパリ答える。
それはそうで、外から見ていても確かにアウトなんです。
しっかり、はっきり、しかも全然際どくないアウト。
それでもその子は首をかしげて納得いかない不服そうな険しい表情で、独り言を言いながら次のポイントに入る。
こういう場面が、1試合で5本くらいあったんです。
この子はこれを「イモられた」と思ってしまっている!という事が分かりました。
「イモられるかも知れない」
「損させられるかも知れない」
って、敏感に思い過ぎると、こんな弊害があるんだなって思いました。
で、厄介だと思うのが、その子が試合中にメンタルが多少沈むだけなら良いんですが、その子が「アイツにイモられて負けた!」って色んな人に吹聴する事が大きな問題だと思うんです。
正しく、楽しくテニスをしていた子が、その子の吹聴のおかげでイモラー呼ばわり。。。
ものすごく、気持ち悪い。
「イモられた」という言葉自体が、都合の良い魔法のワードになってしまっているような気がします。
それを言えば、言った子が被害者で、言われた子が加害者ということが確定するような。
確かにひどい子も居るのは事実です。
でも、性悪説から入るとテニスが悪い方向に曲がっていくような気がします。
なるべくミスジャッジはあったとしても、イモラーかどうかは慎重に判断、発言した方が良さそうだと感じました。
また、「他人がイモってる」って話題を日々の会話の主軸にすることはあまり良くない、テニスの本筋では全くないなと感じました。